ブリジット・バルドーさんが死去!死因や年齢は?若い頃の栄光や結婚歴や子供など!

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ブリジット・バルドーさんが死去|死因や年齢は?

ブリジット・バルドーさんが2025年12月、南フランス・サン=トロペの自宅で亡くなったというニュースが報じられました。

享年91歳。1950年代から60年代にかけて一世を風靡したフランスの女優が、静かにその生涯を終えたことに、多くのファンから悲しみの声があがっています。

ちなみに筆者の同僚たちもこのニュースに反応していて、「名前は知ってるけど、なんかすごい美人だったんだよね?」とか、「母が若い頃に憧れてたって言ってた」という声がチラホラ。世代を超えて影響を与え続けた存在だったんだなあと改めて感じます。

報道によれば、ブリジット・バルドーさんは長年住み慣れたヴィラ「ラ・マドラグ」で亡くなったとのこと。最期のときを迎えたのが、自ら選んだ静かな場所というのがなんだか彼女らしい——もとい、バルドーさんらしいですね。

死因については公式には老衰とされていますが、晩年は杖を使っての生活で、歩くのも困難だったそうです。それでも直前まで自分の信念を貫き、自由に生きていた様子がうかがえます。

エマニュエル・マクロン大統領もSNSで「自由を体現した存在」と追悼の意を表しており、その影響力の大きさを改めて感じます。

若い頃のブリジット・バルドー|世界を魅了した美貌と代表作

ブリジット・バルドーさんの名前を聞いて、「映画は観たことないけど、あの“お団子ヘアの金髪美女”でしょ?」とピンとくる人は多いはず。

1950年代〜60年代、まさに“世界が憧れた女”という表現がぴったりでした。

15歳でモデルデビューし、その美貌がすぐに注目を集め、1956年公開の映画『素直な彼女(And God Created Woman)』で一気にブレイク。セクシーで挑発的な演技が当時の常識を覆し、“セックスシンボル”として世界中から熱狂的な人気を集めました。

年末の諸々の作業の合間に映画のスチル写真を見てみたんですが、バルドーさんの雰囲気って、媚びてる感じが全然なくて、むしろ自分の美しさを気にしてないような潔さがあるんですよね。それが逆に色気というか、圧倒的なオーラにつながっていたのかもしれません。

代表作には、ゴダール監督の『軽蔑』や、イタリアの名優マルチェロ・マストロヤンニと共演した『私生活』などがありますが、演技そのものよりも「存在そのものが映画」だったという感じ。

マリリン・モンローと比較されることも多かったですが、アメリカ的なグラマラスさに対して、ブリジット・バルドーさんは“無造作なフレンチシック”の象徴。ナチュラルで大胆、なのにどこか孤独を感じさせる…そんな魅力が詰まっていました。

次は、ブリジット・バルドーさんの恋愛と結婚の遍歴についてご紹介します。その人生もまた、映画のようにドラマティックでした。

ブリジット・バルドーの結婚歴と恋愛遍歴|4度の結婚と有名な恋人たち

ブリジット・バルドーさんの人生を語るうえで、恋愛は絶対に外せないテーマです。なにせ、恋多き女性というより、“恋に生きた人”という印象が強いんですよね。

結婚は4回。最初の夫は映画監督のロジェ・ヴァディムさんで、まだバルドーさんが18歳の頃に結婚しています。代表作『素直な彼女』を撮ったのもこの方。まさに公私ともにパートナーだったわけですが、数年で離婚。

その後、俳優ジャック・シャリエさん、実業家のグンター・サックスさん、そして最終的には政治関係者のベルナール・ドルマルシュさんと結婚。最後の夫、ドルマルシュさんとは1992年から亡くなるまで連れ添いました。

こんなに華麗な結婚歴、まさに“モテ伝説”ですが、その裏にはかなり深い孤独もあったようです。バルドーさん自身が「愛は手に入れた瞬間、失われていくもの」と語っていたのが印象的でした。

また、恋人も錚々たる顔ぶれ。サッカー選手、作家、俳優…“バルドーに惚れなかった男はいない”なんて言われるほど。ですが、週刊誌のゴシップとは違って、本人はいつも真剣だったというから、そこにまた共感しちゃうんですよね。

そんな恋多きバルドーさんですが、実は子供との関係には深い事情がありました。次は、そのテーマに触れていきます。

子供はいる?家族との関係と母親としての一面

ブリジット・バルドーさんには一人息子がいます。名前はニコラ・ジャック・シャリエさん。二番目の夫であるジャック・シャリエさんとの間に授かった子どもです。

ですが、母親としてのバルドーさんの評価は…正直、賛否が分かれます。

自伝の中でも、妊娠中に「子供を産むことが苦痛だった」といった衝撃的な告白をしており、母性よりも「自由でいたい」という気持ちが勝っていたことを隠していません。

一部メディアでは、ニコラさんが祖父母のもとで育てられ、バルドーさんとの関係が希薄だったとも報じられています。

年末に自分の実家に帰る予定がある身としては、「家族との関係って、やっぱり人生に残るテーマだよなあ」とちょっと考えさせられました。

晩年のブリジット・バルドーさんが、息子さんとの関係をどう捉えていたかは明確には語られていません。ただ、亡くなる直前の時間を家族と過ごしたという情報もあり、その距離が少しでも縮まっていたとしたら、救われる気がします。

続いては、バルドーさんが引退後に何をしていたのか?そしてなぜ「活動家」としても注目されていたのかをご紹介します。

女優引退後の活動|動物愛護・政治的発言・物議を醸した発言とは

ブリジット・バルドーさんは39歳という若さで女優業を完全に引退しました。
その理由がまた彼女らしいんです。「もう演技に情熱がない」「自分を消費することに疲れた」と、自らスポットライトを降りました。

その後は完全に方向転換。動物愛護活動に全力投球です。

1973年の引退から間もなく、毛皮産業や動物実験に対して声を上げはじめ、1986年には自らの名を冠した「ブリジット・バルドー財団」を設立。資産の大半をそこに投じたというから本気度が違います。

SNS世代の私たちから見ても、「インフルエンサーより影響力あるじゃん…」と思える活動ぶり。アニマルウェルフェアの草分け的存在だったことは間違いありません。

ただし、すべてが賞賛されていたわけではありません。

晩年は過激な政治的発言で物議を醸すことも。移民や宗教に対する厳しいコメントや、極右政治家への支持表明などで度々炎上。フランスでは侮辱罪で有罪になったこともありました。

職場の同僚に話したら、「信念が強すぎてバランス失ったタイプなのかもね」と一言。たしかに、自由奔放に生きたバルドーさんらしさは感じるけど、時代とのズレは否めません。

そんな彼女の晩年がどう評価されているのか、次は世間やファンの反応を見ていきましょう。

ブリジット・バルドーの伝説的な存在と世間の反応|死去後の評価と追悼の声

ブリジット・バルドーさんの訃報が流れたあと、フランス国内はもちろん、世界中から追悼の声が相次ぎました。

マクロン大統領の「彼女は自由と反逆の象徴だった」というコメントが印象的でしたが、それに共感する声が多く寄せられています。

SNSでは、若い世代からも「知らなかったけど、この人めちゃくちゃかっこいい」といった投稿が見られ、再評価の波が来ている感じ。美しさだけでなく、自分の価値観で人生を選んだという点が、多くの人の心に刺さったのかもしれません。

ちなみに私の母(60代)に電話したら、「あの人ほど時代を動かした女性って、そうそういないのよ」とちょっと感情的になってて、なんだかその言葉にグッときました。

引退後に“活動家”として評価が割れたのは事実ですが、それでもブリジット・バルドーさんが与えた影響力の大きさは間違いありません。

誰よりも自分に正直に、好きなことだけを選び続けたその姿は、私たちにも「こう生きてもいいんだ」と思わせてくれるヒントをくれます。

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