
華ゆりさん死去|死因は悪性リンパ腫、享年80歳の最期
ニュースを見て、「あの人か!」とピンときた人、けっこういると思います。
あの、ゆっくりすぎるくらいの話し方と、ボケなのか天然なのかわからない雰囲気。
でも、関西人にはバッチリ刺さってたんですよね。
私の先輩が土曜のお昼、祖母と一緒にテレビを見てた世代だそうで。
華ゆりさんの声、あのテンポで、絶妙にツボをついてくるんだそうです。
芸人というより、近所の優しいおばちゃん。
それでいて、ステージに立てば名人芸。
このギャップが、華ゆりさんの最大の魅力だったのかもしれません。
引っ越しのサカイCMとフラワーショウ|一世を風靡した華ゆりの代表作
「べんきょうしまっせ〜」ってフレーズ、今でも耳に残ってる人、多いはずです。
関西を中心に流れていたサカイ引越センターのCMで、全国区に名前が広がったきっかけでした。
でも、華ゆりさんの真骨頂はそこじゃない。
フラワーショウという女性トリオの漫才グループで見せた、あの唯一無二の“間延び感”が本当の魅力だったと思うんです。
「べんきょうしまっせ!」で大ブレイクしたCMの裏話
サカイ引越センターのCMは、1990年代の関西では知らない人がいないレベル。
あのテンポ、あのフレーズ、そしてあの裏声。
「ホンマかいな、そうかいな〜」のセリフは、まさに華ゆりさんの代名詞でした。
まさに、お茶の間のスターです。
共演していた徳井優さんとの掛け合いも絶妙で、シンプルなのにめちゃくちゃ印象に残る。
CMが流れた瞬間、家の中が一気に明るくなった感じ、覚えてませんか?
ちなみにこのCM、フジサンケイグループの広告大賞まで受賞してます。
芸人としての顔だけじゃなく、「CM女王」としての一面もすごかったんです。
フラワーショウの漫才で見せた絶妙な掛け合いと笑いの芸
フラワーショウは、「華ぼたん」「華ばら」「華ゆり」の3人で結成された女性トリオ漫才。
この名前だけでも、華やかさが伝わってきません?
でも内容はというと、超ゆる〜い空気感。
その中で、華ゆりさんのスローペースなボケが、妙にツボに入るんです。
昭和の寄席番組や「道頓堀アワー」なんかでよく見てた記憶があります。
どのネタも、笑いの波が「ジワジワ〜…ドン!」とくる感じ。クセになります。
個人的に好きだったのは、オープニングで歌ってた道頓堀行進曲の替え歌。
今思えば、あれもネタの一部だったのかも。
ゆるさの中に、ちゃんとした芸がある。だから飽きなかったんですよね。
ばらさん、ぼたんさんが亡くなった後も、ゆりさんはひとりで活動を続けてました。
その姿に、ファンは勇気をもらってたと思います。
華ゆりさんのプロフィール|生い立ち・経歴・学歴まとめ
「サカイ引越センターの人」で覚えてる方も多いかもしれませんが、華ゆりさんの芸歴って、実はかなり長いんです。
どこかふんわりしてるのに、芸はしっかり練られてる。そこがプロでした。
ここでは、華ゆりさんの出身地や芸人としてのキャリア、そして意外と知られていない学歴について、わかりやすく紹介します。
読み終わる頃には、もっと好きになってるかもしれませんよ。
岡山県出身で芸人一家の生まれ!デビューからの歩み
華ゆりさん、本名は吉岡百合子(よしおか ゆりこ)さん。
1947年2月25日生まれで、岡山県の出身です。
実は、浪曲師・初代京山幸枝若さんの妹なんです。
つまり、生まれながらにして“芸”の世界に囲まれてたということですね。
芸人デビューは1966年ごろ。
当初は別のコンビで漫才をしていたものの、先輩芸人・華ぼたんさんの誘いでフラワーショウに加入。
それが華ゆりという名前のはじまりです。
一度は歌手を目指して脱退した時期もあったそうですが、最終的には芸人としての道を選び、再び舞台に戻ってきました。
途中で何度も転機がありながら、それでも舞台を降りなかった、そのしぶとさ。
個人的にかなり憧れます。
後年は女優としてドラマ出演もしていて、2005年にはNHKの『風のハルカ』にも登場。
「芸人だけじゃなかったんだ!」と驚く人もいたみたいです。
さて、次は少し気になる方もいるであろう、学歴の話にいきますね。
芸風の特徴と金髪キャラに込められた想い
正直、華ゆりさんの学歴はWikipediaなどでも詳しく書かれていません。
でも、それが気にならないくらい“実力一本”で突き進んだ人生だったのは間違いないです。
フラワーショウでは、もともとスローテンポなボケ担当。
でも後年は、ツッコミに回ってキレのある早口トークを披露するようになっていました。
この変化に気づいたとき、「あ、この人…すごいわ」って思ったのを覚えてます。
それから、金髪ショートのヘアスタイルも印象的でしたよね。
関西芸人って、なんとなく“奇抜な見た目=強い”みたいなとこありますけど、
華ゆりさんの場合は、あれが妙に似合ってたんです。
昭和の芸人って、喋りだけじゃなく見た目でも魅せてくれました。
華ゆりさんはまさに、その象徴だったんじゃないかなと思います。
昭和のお笑い界を彩ったフラワーショウの功績
昭和のお笑いと聞くと、ついつい男性芸人ばかりが浮かびがち。
でも、当時のテレビを彩っていたのは、女性トリオの存在も忘れちゃいけません。
フラワーショウはその代表格。
今みたいにSNSもYouTubeもない時代に、あれだけ“顔と名前が一致する女性トリオ”って、かなりレアだったと思います。
ここでは、そんなフラワーショウの存在感と、同時代に活躍していた他の女性芸人たちとの違いを見ていきます。
懐かしさにひたりながら読んでみてください。
かしまし娘やちゃっきり娘と並ぶ女性トリオのレジェンド
昭和〜平成初期の関西には、「女性だけで構成されたお笑いトリオ」がいくつか存在してました。
その中でも、フラワーショウはとびきり個性的。
「華ぼたん」「華ばら」「華ゆり」。
この3人がそれぞれ違うテンポで、絶妙な“ズレ感”を出すんですよ。
中でも華ゆりさんは、あの独特の“間”が武器。
かしまし娘がシャープに攻めてくるなら、フラワーショウは“じわじわ効いてくる系”。
この違い、関西人ならわかってくれるはずです。
今みたいに、芸人が“キャラ設定”をしすぎない時代。
自然体で笑いを届けていたあの空気、なんだか恋しくなりますね。
「ホンマかいな、そうかいな」の名セリフが愛された理由
華ゆりさんといえば、やっぱりこのセリフ。
「ホンマかいな、そうかいな〜」
もはや、どのネタだったかは覚えてないけど、声とリズムは今でも言えるって人、多いと思います。
これは、芸としても名フレーズですが、“日常で使える笑い”でもあったんですよね。
例えば、ちょっとした失敗談とかに「ホンマかいな〜」って言うだけで、空気が和む。
このセリフ、ほんと万能です。
CMでも、舞台でも、この言葉が出ると「出た出た!」ってなってたのを思い出します。
決め台詞がある芸人って、やっぱり強い。
今思えば、笑いを通して“間”の大事さを教えてくれたのかもしれません。